中川 登志恵さん(仮名)
profile
氏名 : 中川 登志恵さん(仮名)
合格大学名:早稲田大学国際教養学部
生年月日:1986年6月2日(18歳)



中川さんは、中2までは日本で教育を受けました。中3で、ハワイの高校へ進学。その後、日本のインターナショナルスクールを経て、現在はニューヨークの高校に在籍しています。アメリカと日本を行き来しながら受験勉強をし、見事早稲田大学国際教養学部に合格通知を手にしました。中川さんに喜びの声を伺いました。

・合格おめでとうございます。受験を振り返ってみて、一番大変だったことは何ですか?
 「自分の能力や経験を証明する書類を揃えること」と「エッセイの内容を考えること」です。書類に関しては、自分が行った活動の記録を書面にすることが大変でした。具体的には、過去の賞状を提出書類用に整理することに加え、学校の先生やアルバイト先の上司の方に推薦状などをお願いしました。

 エッセイについては、カウンセラーの先生から多くの助言をもらいました。「アナウンサーになりたい」という夢について、エッセイを書いたのですが、書いていくうちに「本当にアナウンサーになりたい」と強く思うようになりました。HOPESでは裏づけとなる情報のリサーチ方法などを教わり、エッセイの内容を強化しました。漠然とした将来の希望を具体的に文章にしていくことが難しかったと思います。

・受験を通して印象的だった出来事はありますか?
 私は幼稚園受験を経験しています。幼稚園以来の受験だったので、とても緊張しました。特に緊張したのは面接です。「なぜ早稲田に入りたいか?」「高校で何の授業が好きか?」など、質問は全て英語でした。緊張しながらも熱意が伝わるように、必死で話したことを覚えています。

・アメリカから日本の学校を受験することで苦労したことや学んだことはありますか?
 アメリカの卒業時期と日本の学校の開始時期が異なることが、大きな問題でした。アメリカの高校の卒業時期は6月です。そして、日本の大学の新学期は4月です。ですから、アメリカの高校から、日本の大学に、同じ年に入るには、アメリカの高校を他の学生よりも先に卒業する必要がありました。このため、まず中川さんは早い時期から単位の取得に努めました。通常の学生の卒業時期より半年早い、今年の12月にはすべての単位の取得が可能だそうです。この努力を行いながら、アメリカの高校と交渉を続け、1年かけて、やっと3月卒業の許可をもらうことができました。

・カウンセラーとの授業の中で印象に残っている言葉はありますか?
 「大丈夫!」という言葉です。授業のたびに、カウンセラーに会えることで気持ちが「ルンルン」したのです。明るくて、ポジティブに物事を考えるカウンセラーの言葉に、本当に救われました。受験の技術だけでなく、元気をもらった気がします。

・受験を通して変わったことはありますか?
自分の考え方がポジティブになりました。第一志望校に合格し、自分に自信が持てるようになったからかもしれません。

昔は、食生活の違いや家族と離れる寂しさから、アメリカの生活を楽しめず、帰国することばかり考えていました。でも、今ではその生活があったから、早稲田大学に合格できたと思います。現在は、残り少ないアメリカ生活を楽しみたいという気持ちでいっぱいです。

・自分で分析してみて、合格の要因となったのは何だと思いますか?
 カウンセラーと一緒に作成したエッセイと、面接の時の熱意だと思います。特に、面接では、「早稲田に入りたい気持ち」を笑顔で伝えました。かなり緊張しましたが、「ここで失敗したら、今後どんな勝負どころでも失敗してしまう!」と思ったので、「やるしかない!」と、気合を入れて面接に臨みました。この気持ちが伝わったのかなと思っています。

・合格通知をもらったとき、何を思いましたか?
 アメリカの寮全体がお祭りのようにわいてくれて、とても嬉しかったです。学校の先生が、学校全生徒に向けて「真緒が早稲田という日本の大学に受かりました!」というアナウンスをしてくれました。また、両親もとても喜んでくれて、親孝行ができたと思っています。

・後輩へのメッセージはありますか?
 「悩むだけ悩んで、落ちるところまで行って、落ちたら、楽になる」と思います。「やりたい夢に対する強い気持ちがあれば、絶対に夢はかなう」ということを伝えたいです。

自分の経験を通して感じたことがあります。それは、一生懸命、今できることをがんばっていれば、実を結ぶときはいつか来るということです。自分も、何度も留学をやめたくなったけど、あきらめないで続けたから今の自分があると思います。



comment from hopes
大学合格は最終目的ではありません。将来の目標を明確にし、その為に何を学ぶべきかを真剣に考え、大学や学部を決定していくことが大切です。中川さんのカウンセリングでは、時間をかけて、将来の目標について話し合いました。その結果「国際政治の高い知識を持ったバイリンガル・アナウンサーになりたい」という目標を設定することができました。この目標設定と中川さんの「完璧を目指す姿勢」が合格の要因です。