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第二百十七言「主役はあくまでも教え子。」(11月24日号)

 

「私たちも、アンドリュー先生のような指導者に出会っていたら、今、どのような人生を送っていることでしょう?」と、弊社のスタッフと顔を見合わせて笑いました。

 

この日、英語で演劇指導をするアンドリュー・ユーテック先生と新人俳優の授業がありました。指導する側もされる側も熱が入り、劇場に足を踏み入れたかと錯覚を起こすほど、臨場感あふれる英語レッスンとなりました。

 

授業が終った後、「二人とも、頑張って下さい」と声をかけると、アンドリュー先生は、「ノー、ノー、ノー!舞台に立つのは彼です。私ではありません。私が彼を押しのけて、舞台に立つなら、私が頑張ります」と茶目っ気たっぷりの笑顔で答えました。確かにその通りです。指導者は、導くことはしても、最後に形にするのは受講生本人なのですから。

 

アンドリュー先生は、これまで、渡辺謙さん、役所広司さん、桃井かおりさん、中谷美紀さん他、外国映画に出演する日本人俳優の英語指導行って来られた優秀な先生です。しかし、彼の口から、そのことを自慢げに話したことはありません。それどころか、私が新しい受講生にアンドリュー先生がこれまでにどれだけ多くの俳優にご指導されて来たかを伝えようとすると「ノー、ノー、ノー!演技をしたのは俳優です。私ではありません」と、「彼の指導のお陰」と言う部分を否定します。これは、アンドリュー先生が謙虚であるというよりも、「主役はあくまでも受講生。指導者は黒子」という、講師としての強いポリシーをお持ちということでしょう。

 

これまでに、優れた俳優や優れたスポーツ選手を育成した指導者には強く惹かれ、その人物像を追い求めることは少なくありません。その結果たどり着くのは、おおかた、指導に徹している指導者であり、結果が出た時は、「教え子の手柄」とし、自分は一歩後ろで見守り、トロフィーやメダルの授与式が終わった瞬間には次の指導準備にかかっているように感じました。

 

しかし、全ての指導者が同じとは限りません。中には、「有名なAくんを育てたのは私です」と指導者が前に出ようとするケースもあります。これには、いささか違和感を覚えます。少し例を変えて話すなら、美しい絵画を通してその画家に辿り着くことや、美しい楽曲を聞いて作曲家に辿りつくことはあっても、画家や作曲家が、「すごいでしょう。すごいでしょう、この作品。誰の作品だと思う。僕のなんですよ」と演説しているのを聞くことはないでしょう。真に作品作りに心を奪われるような人でなければ、人を感動させる作品は作れません。また、自分の手柄を吹聴して回る時間があるなら、作品づくりに時間をかけることでしょう。

 

誤解のないよう、加えるなら、これら「俺が、俺が」と叫ぶ人たちを否定する気持ちはありません。しかし、このような指導者は、指導者の道を究めるより、パフォーマーの道を極め、ご自身が舞台に立つような人生があっているのではないかということです。その方が、ご自身も満たされるのではないでしょうか?

 

主役はあくまでも教え子であり、常に最高の作品づくりに力を注ぐべきなのが指導者ではないでしょうか?

 

 

野村るり子

 

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