株式会社ホープス
〒107-0062
東京都港区南青山6-12-3
南青山ユニハイツ701号室
- 第二百七十三言「なんで、この仕事をしているかって?それは、仕事の本質が好きだからです」(2009年12月21日号)
- 第二百七十二言「年末年始、体の郵便配達さんを無視しないでね」(2009年12月14日号)
- 第二百七十一言「『十二人の怒れる男』を見て。プロ×プロ=スーパー作品」(2009年12月07日号)
- 第二百七十言「子どもは無限の力を持っている。声がけには気をつけて!」(2009年11月30日号)
- 第二百六十九言「ついに発売決定!、『3年あれば天才は育つ! 親も気づかない才能を「見つける」「引き出す」方法』(経済界)」(2009年11月23日号)
- 第二百六十八言「休憩と遊び。これが業務効率アップの秘訣」(2009年11月16日号)
- 第二百六十七「同窓会幹事の母たち」(2009年11月9日号)
- 第二百六十六言「マイケル・ジャクソンは King of Pop? それ以上です。Godです」(2009年11月2日号)
- 第二百六十五言「過ぎたるは及ばざるがごとし」(2009年10月26日号)
- 第二百六十四言「『装丁家』というお仕事。本に着せる洋服のデザイナー」(2009年10月19日号)
第二百二十四言「人を動かすコミュニケーションのポイント。最適なメッセンジャーを選ぶ」(2009年1月12日号)
人を動かす上で、誰がメッセージを伝えるかを考えることは大変重要なことなのです。成功している多くの企業は、このことを戦略的に考え、行動に移し、目に見える成果を手に入れています。身近な例で言うなら、コマーシャルです。同じメッセージを送るなら、どのタレントを起用しようと同じでしょうか?おそらくあなたは首を横に振ったのではないでしょうか。
バラク・オバマ氏のスピーチを思い出して下さい。彼の話を聞きながら、涙したアメリカ市民は数知れません。目頭に手をあてながら聞き入る黒人女性、祈りのポーズを取りながら聞き入る老女、しわだらけの手を両頬にあてて聞き入る年老いた男性。彼らの映像はメディアを通して世界各国に届けられました。気づいて頂きたいのは、これらの映像がテレビ局や制作会社の演出によるものではなく、実際にスピーチに心打たれた人たちの自然な姿であったということです。
多くの市民がこれらの講演に涙したのは、内容が優れていたからだけではないはずです。肌の色の違いにより、自らの家族が、そして自らが偏見を肌で受け止めてきたオバマ氏の生の声であったから、心の奥底にまで届いたのではないでしょうか。
このような例は他にもあります。実際に私がコミュニケーションの力によって動かされた時の話に触れておきましょう。
私は大学3年の頃から、小児がんや筋ジストロフィーといった、病と闘う子どもたちの支援団体に寄付をしています。これは、親や大学の教師に強制され始めたことではありません。きっかけをくれたのは、ひとつのテレビのコマーシャルでした。当時の私の習慣は、夜遅くまで、ソファーに寝転び、テレビを見ることでした。ある日、病と闘いながらも微笑む子どもたちの姿がブラウン管に映し出されました。その瞬間、私ははね起き、画面に流れた支援団体の電話番号を必死で書き写しました。
テレビコマーシャルの後押しをしたのは、ある少女との出会いでした。テキサス州、ヒューストンの街中で、洗車を待っていた時のことです。クルクル巻き毛の女の子が私の隣にちょこんと腰掛け、話しかけてきました。
「私の髪の毛は、まっすぐだったの。キモセラピー(Chemotherapy=化学療法)でこんな風になったの。回りの人は、私をシャーリー・テンプル*みたいと言うわ」(*1930年代の子役。メンソレータムのふたに描かれた巻き毛の少女のモデル。)
インフォームドコンセントが今ほど進んでいなかった日本で育った私は、隣にいる母親に「こんなに小さなお子様にも、病気の治療について説明するのですか?」と尋ねました。すると、母親は「これは、この子の問題だから、説明を聞く権利があると思うの」と微笑み返しました。メディアを通してではなく、無邪気な子どもの笑顔に直接触れ、現実を受け止め冷静に前を見つめる母親の声を聞いたことで、私の心はさらに動かされました。
私が取った行動は大変小さなものです。支援団体に、毎月10ドルの小切手を送ることです。わずかなバイト代から、各団体に小切手を送ることは当時の私にとって容易なことではありませんでしたが、私はこの行動に「義務感」を持ったことは一度もありませんでした。むしろ、はやる気持ちを抑えながら、ポストに走ったものです。
私が信じる「健全なコミュニケーション」とは、強制的に人を動かすことではありません。メッセージを受けた相手が自主的に行動をおこすものであり、当人に負担を感じさせるものではありません。なぜなら、当人が心に喜びを感じる行動でなければ、長続きはしないからです。
人を動かす上で、「誰が伝えるか」を考えることは大変重要です。しかし、最後にひとつだけ注意をしておきましょう。それは、結果欲しさに、無理やり誰かをメッセンジャーとして起用することは、かえって逆効果だということです。
あなたも、次のような光景を目にしたことはありませんか?
有名タレントが街中を歩いている。そこに、カメラつき携帯片手に走りよる主婦。「うちの娘が、あなたの大ファンで、写真を撮りたいと申しております」と早口に語り、子どもの背中をグイと押す。「ほら、そうよね。このお兄ちゃんと写真撮りたいって言ったわよね」
幼い娘には写真を撮りたい気持ちはなく、その人が誰なのかも分からず、立ちすくむ。主婦はそんなことお構いなしに、シャッターを押す。
さて、残った画像はどのようなものになるでしょう。おそらく、半泣きの子どもと苦笑いをするタレントの姿ではないでしょうか。
こんなことになるなら、正直に「いつもテレビで応援しています。20歳も年上のおばさんですが、よろしければ写真を一緒に撮らせて下さい」と話した方が、ずっと効果的です。
大切なことは、誰がそのメッセージに気持ちを込められるかということです。なぜなら、その気持ちこそが相手の心に届き行動を促すものだからです。
野村るり子
