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第二百三十五言「あなたはカウンセリングしてくれる人をお持ちですか?」(2009年3月30日号)

春になると決まって力を入れるのがフィットネス。

ほぼ毎日、トレーナーの先生に見張ってもらい、トレーニングしています。

 

私の場合「指導してもらう」ではなく「見張ってもらう」という言葉がピッタリです。自分には甘い私は、トレーナーさんに「あと一回!」と言われない限り、筋肉に負荷がかかる前に休息モードに入る悪い癖があります。

 

私が長年スポーツクラブに通い続けられているのは、そこに、親身になって相談に乗ってカウンセリングしてくれるトレーナーさんがいるからです。

 

さて、本日のテーマは、「あなたは、カウンセリングをしてくれる強い見方をお持ちですか?」です。

 

もともと肥満家系に生まれた私は、自己管理をしていないと、肥満街道まっしぐらです。そんな私は、スポーツジムだけでも、これまで8箇所に所属してきました。職場や住居が変わるたびに、アクセスのいいクラブに入会するのが習慣。しかし、その中で長続きするのは、自分の弱い面もさらけ出して、相談できるインストラクターやトレーナーがいるところです。

 

先日も、食事を記入するダイアリーを見せながら「あのぉ~、ストレスたまって昨日チョコレート食べました!M社のチョコ2つ・・・」と報告すると、トレーナーの先生は叱りもせず「M社のチョコは一つ50Kカロリーですね。野村さんはどの味が好きですか?私は、M社のチョコならホワイトチョコが好きですよ。・・いいですよ、一つぐらい」と答えてくれました。

 

このアドバイス、なにげなく語っていますが、凄いテクニックです。

     一つ50Kカロリーという事実を伝える

     自らの話を共有し、共感してくれる

     最後に、一つならOKと指導してくれる。(2つはダメってことですよね。)

 

もしこれが「二つもですかぁ!合計100Kカロリーですよ!どうして、野村さんは自己管理が出来ないんですか!」なんて言われたら、あくる日からスポーツジム不登校児になります(笑)。

 

こんな素敵なトレーナーさんと出会えた私は、おかげで、5年近く同じクラブに通うことができています。

 

スポーツクラブ以外でも、私はいつも心を開いて相談できる人を持つようにしています。整体や針といった東洋医学に即したものも大好きですし、西洋医学に即したサービス(治療)も好きです。どこに行っても私は、心を開いて相談できるカウンセラーさん的役割の人を探します。

 

実は私にはちょっと残念に思い出があります。私が小学生の頃、大変親しくしてもらった40代の女性が病気にかかりました。彼女は、食事療法を指導しくれる先生と出会い、その方を大変信頼していました。その先生の気を害するのではと危惧し、他の治療法を試すことなく42歳という若さで最期を迎えました。当時、子ども心に、「この人は最後まで自分の意志を変えない強い人だな」と感心したものです。

 

しかしもし、今私が彼女と出会っていたら、間違いなく「相談したら?」と声をかけるでしょう。自然食療法を指導下さる方を尊敬するなら、その方に心を開いて相談するように勧めるでしょう。勿論、昔と今とでは現状も異なります。他の選択肢を考えること事態が邪道と思われた時代もあったことでしょう。しかし、少なくとも今は違います。治療を受ける側が、選択肢を持てる時代になってきています。

 

好奇心旺盛な私は、知人の医師をつかまえては「この外科治療とこの施術って両立できますか?」や「友人が、こんなこと悩んでいますが、先生ならどんな治療を勧めますか?」と山ほど質問します。そんな質問に対し、どの先生も嫌な顔ひとつせず、分かりやすく説明してくれます。そして、知識豊富な優れた医師ほど、他の領域の知識も深く、一方的に一つの方法を押しつけることはありません。

 

私が、残念に感じるのは、最初から「相手の気を害するかもしれない」と決め付け、相談しないことです。どうしても、コミュニケーションに自信がないなら、お話し上手な第三者をメッセンジャーとして同行させてはどうでしょう。

 

もう一つのポイントは、相談に乗ってもらうにもマナーがあるということです。自分なりに理解しようと努力すること。ちゃんと勉強すること。しかし、質問するときは、相手が専門家であることを心して、丁寧に質問すること。どんなに調べていっても、専門家には叶わぬ領域があることを忘れないこと。遠慮のない質問は禁物です。

 

本日は、心を開いて相談できる人がいるかどうかについて書いてきました。先に触れた健康産業にしても、医療業界にしても、カウンセリングをしてくれるところは大変多くなってきています。是非、皆さんも、勇気を奮って、相談してみてください。

 

野村るり子


第二百三十四言「世界一を取る。日本一を取る。両方とも、調査あってなせる業」(2009年3月23日号)

140回直木賞受賞作、天童荒太氏の『悼む人』を読みました。そして、第81回アカデミー賞外国映画賞受賞作、滝田洋二郎監督の『おくりびと』観ました。

 

どちらも深い。とにかく深い。この「深い」は、内容が複雑で考えさせられるという意味ではありません。作品をつくるにあたっての調査の深さに対する、感銘です。

 

『悼む人』に関しては、天童荒太氏の体験談ではないか?と、思わせる描写力。外から見える現実だけでなく、人々の心の細部までも丁寧に描かれています。

 

特に、死と直面し生きる人の、その人を見守る家族の、そして大切な家族と死別した人の心情が赤裸々に描かれています。天童荒太氏ご本人が、近い友人と死別したことは、メディアを通して伺ってはおりましたが、たった一つの死を身近に感じただけでは、これだけの作品を書くことは不可能に近いでしょう。各章に、病死、事故死、他殺、自殺、無理心中、といったあらゆる形で死に至った人たちの話が、それぞれ数ページずつ描かれています。その一つ一つの背景に、生からはじまり死にいたるまでの、軽んずることのできない歴史を感じました。

 

また、死に至った人たちは、幼児であったり、学生であったり、老人であったり、外国人であったり、障害者であったりと、筆者自らが経験することのない立場にありました。

 

読み進めるうちに、「新聞を深く読めば、ここまで想像できるのだろうか?」や、「報道記者や医療関係者から話を聞けば、十分な情報を得られるのだろうか?」と、この書籍が書き上げられるまでの調査期間に、どのような作業が行われたかに強い関心を持ちました。

 

そして、その答えは、本書籍447ページにありました。このページから参考資料が紹介されています。多くの専門書を含む48冊の文献、映像1本、展示会ひとつ。

 

あなたが文芸作品を書く場合、そのテーマに対し、どれだけの文献調査を行うか想像してみて下さい。10冊や、20冊ではないのです。48冊です。何事もそうですが、頂点に立つ方たちは、決して偶然、そこに立たれているのではありません。本作品も着手されてから、7年の年月を経て書かれたものと報道されました。この7年は、書くためだけの7年ではなく、調査のための7年でもあったのでしょう。

 

 

映画『おくりびと』に関しても、同様の感想を持ちました。こちらは、『納棺夫日記』(青木新門著)がモデルになっていると言われていますが、最終的には、多くの部分をオリジナル作品から離れ、全く別の作品として発表されています。従って、ただ原作をなぞったのではなく、「納棺師」の生き方や心の動きについての深い調査が行われたことと思います。ここでもまた、死がテーマになっており、複数の死者と死者を送り出す家族の心情が描かれていますが、当然のことながら、滝田洋二郎監督が、映し出された全てのことを体験してきたわけではありません。おそらく、この作品の背景にも、脚本家やキャスティングスタッフ、メイク、美術、といった方々、それぞれが調査を行ったと思います。

 

今回は、天童荒太氏の『悼む人』と滝田洋二郎監督の『おくりびと』について話をしてきましたが、日本で選ばれる作品、世界で選ばれる作品には、共通点があります。それは、決して、トレンドや運で選ばれたのではないということ。何年先にこれらの作品を見直しても、その価値が変ることはないでしょう。なぜなら、作品自身は氷山の一角であり、その背景には気が遠くなるような綿密な調査があるからです。この調査が正確になされなければ、作品は矛盾の多いものに終わります。

 

皆様の中にも、優れた作品を世に残したいと感じていらっしゃる方はいるでしょう。中には、閃きとともに、あせってペンを握る方や、パソコンのキーボードをたたき出す人もいるでしょう。そんなあなたが、もし、行き詰ったら、自分に問いかけて下さい。

 

「十分な調査は行ったか?」と。

 

文芸も映像も、想像力は必要です。しかしその背景にある調査を怠っては先には進めません。綿密な調査の先に、あなたの想像力は形となって現れるはずです。

 

野村るり子

第二百三十三言 「生きる全ての人には潜在能力がある。Yes We Can! 」(2009年3月16日号)

滑り込みセーフ。『ノーベル平和賞受賞者ムハマド・ユヌス氏来日記念セミナー』の会場に飛び込むと、受付で「同時通訳のヘッドセットはもうありませんが、よろしいでしょうか」と確認されました。お陰で、通訳を通さないユヌス氏の生の声をそのまま心で受け止めることができました。(時には集中して英語を聴くのもよいことです。)

 

ムハマド・ユヌス氏(Muhammad Yunus Ph.D)がバングラデッシュ・グラミン銀行総裁で、マイクロクレジットの創始者であることは、皆様もご存知でしょう。

 

「個人の過去にお金を貸すのではなく、未来にお金を貸す!」

 

すなわち、ユヌス氏は、実績があるか否かではなく、個人の潜在能力を信じてお金を貸すというのです。驚くことに、このように信用されて融資を受けた人たちのうち、返済が滞ったのは、たった0.5%。周囲の人が個人の潜在能力を信じることが、その人の能力を引き出すことに繋がるのでしょう。

 

言語のまま残しておきたいユヌス氏のフレーズを一つ紹介します。

 

Every individual is a Powerhouse!  

 

全ての人が原動力となっていると、氏は確信しているのです。Few of them や Some of them ではなく、Every と何回も言い切りました。生きる全ての人を指していることばです。このことばが、どれだけ多くの人に勇気を与えてくれることでしょう。

 

そして、全ての人はベンチャーを起す潜在能力があると明言しました(*氏が用いた表現=Potential Venture)。想像力や何かを立ち上げる力は、一部の限られた人に与えられたものではなく、生きる全ての人にあるというのです。

 

最後に、働かされるのではなく好きなことを仕事にし、自分が主体的に働きなさいとメッセージを残しました。

 

「好きなことを仕事にすれば、24時間働いても疲れない。そして、他の人に仕事を与えられるようになりなさい。どうしても仕事がないなら雇われるという選択肢もあるでしょう」

 

氏の言葉は、日本の多くの若者が信じてきたことと180度逆の発想でした。「レベルの高い学校に進み、優良企業に就職することを目標とし、どうしても職がみつからないなら、自営という選択肢を考えようか・・・」というのが従来の考え方ではなかったでしょうか。

 

しかし、本日セミナー会場の至るところで、瞳を輝かせながらユヌス氏のことばに耳を傾ける若者たちの姿を目にして、私は、彼らの瞳の先に、日本の明るい未来を描くことができました。

 

では、ここで、一旦ユヌス氏のセミナーから離れ、日本の現状について考えてみましょう。国内でも、ベンチャーマインドを高める活動は徐々にではありますが増えてきています。ここ10年間で学生のためのベンチャーコンテストの数は急増しました。多くの若者が規制概念にとらわれないオリジナリティー溢れるプランを発表するようになりました。しかし、その中から実際に起業に至った学生はごくわずかです。

 

ではここで、優れた企画を組み立てられる優秀な学生が複数いるのに、起業に至る学生の数が少ないのかについて考えてみましょう。ここ10年間、数々のプランコンテストを拝見した結果、あることに気づきました。まず、コンテストの順位と起業の確率には強い相関関係は感じられないということです。むしろ、準優勝や特別賞を取った若者たちの中からも起業の夢を叶えている人は多く出ていました。

 

次に、起業に至る学生の共通点を見ることにしました。すると、そこには「自分には出来る!」と言い切る心がありました。さらに、周囲を巻き込む力がありました。

 

では、ここで再度ムハマド・ユヌス氏のセミナーを思い出してみましょう。氏の話しを聞き始め聴衆は「私にもできるかも」と感じたはずです。次に「全ての人の中には潜在能力がある!」ということばを繰り返し聞いているうちに、人々の心は「私にもできる!」という確信に変っていったはずです。最後は皆を巻き込むユヌス氏の力強いスピーチを最後まで聴き終えて「私たちならできる!」と個人では到底乗り越えることのできない高い目標に挑戦する気持ちが湧いてきたことでしょう。

 

私は本日、ユヌス氏のセミナーを終えて、日本の若者たちに、何か一つ信念を持ってもらいたいと感じました。そして、『Maybe I can.... (多分できるかも・・・)』や、『Yes I can! But, Can You? (私にはできる!でも、君たちにはできる?)』と、不安げに語る人ではなく、『Yes We Can! (私たちで果たそう!)』と力強く言い切れる人になってもらいたいと思いました。このような若者たちが増えれば、どんな不況であろうと乗り越えられるはずです。

 

野村るり子


 

第二百三十二言「ライブ、トーク、プレゼンは、その人そのもの」(2009年3月9日号)

この一週間、あまりにも多くのことが行われたので、どの部分にフォーカスしてお伝えしようか、迷うところです。そこで、前半を3日間参加したチャリティイベントについて、後半を同窓会イベントについて触れましょう。

 

<チャリティイベントについて>

35日(木)~8日(日)連日実施された、フジテレビ後援の『FNSチャリティトーク&ライブ'09』を鑑賞しました。このイベントは35年続いているものですが、今回は、南アメリカのガイアナ共和国に住む子どもたちの支援がテーマとなっていました。参加されたアーティストは、イルカさん、南こうせつさん、川島愛さん、谷村新司さん、押尾コータローさん、森川美穂さん、河口恭吾さん、ジェロさん、平原綾香さんです

 

このイベントで最初に心に響いたのは、谷村新司さんの、「音楽はその人そのもの」ということばでした。実際、曲や詩からは、アーティストのこれまでの生きる姿勢が伝わってきました。また、トークでも同様のことを感じました。イルカさん、谷村新司さん、押尾コータローさんからは春の木漏れ日のような暖かさを、川島愛さんやジェロさんからは謙虚さ、優しさ、思慮深さを、南こうせつさんからは偽りのない真っ直ぐな哲学を感じることができました。

 

<同窓会イベント>

チャリティイベントの間を縫って参加したのが、7日(土)に開催された 1)The 3rd KBC Business Contest 最終審査会・決勝 www.keio-contest.org と、2)The Pennsylvania State University's 2009 Asia Tourでした。

 

The 3rd KBC Business Contest 最終審査会・決勝は、メンター三田会、慶應義塾大学インキュベーションセンター、日本MITエンタープライズ・フォーラム、そして日本エンジェル・フォーラムが後援となって行われた慶應大学生のビジネスプランコンテストです。予選会を勝ち進んだ優秀10作品の中から4作品に絞られ、最終的に最優秀作品が決定するという運びでした。今回私は、『シュワピタル~病院におけるインターネット手話リレーサービス(大木洵人さん)』のメンターとして参加しました。

 

最終4作品に残ったのは『学実ねっと(中村愛実さん)』、『CHANGE(小泉領南さん)』、そして非公開案件1です。大木くんの『シュワピタル』も無事最終まで残ることができ、「メンター三田会特別賞」を受賞することができ、海外コンテストへ参加する際の援助も頂けることになりました。(*非公開案件はタイトルが発表されないものです)

 

 

もう一つは、ペンシルベニア州立大学の同窓会主催のイベントです。現役のPennStateの学部生13名が、アジア各地(東京、ソウル、台北、北京)を回り、アジアに住む同窓生に向け、ミュージカルを披露するものです。東京では、東京大学駒場キャンパスにてイベントが行われました。そこには50年前にPennState を卒業した方から、つい先月までPennStateに留学していた方までジェネレーションの壁を超え、多くの人たちが集まりました。

 

この2つのイベントを通して感じたことは、同窓会の暖かい支援です。卒業した後も、後輩を育てよう、国境を越えて価値共有しよう、という気持ちがひしひしと感じられました。

 

次に感じたことは「ことばも音楽もその人を表す」ことでした。まず、KBC Business Contest のファイナリストに残った作品全てから、学生の熱い思いを感じました。こんなサービスがあればいい!こんな商品があればいい!自分の思いで日本を変えたい!世界を変えたい!という心の声が聞こえました。彼らの発表作品こそ、彼らの生き方そのものなのでしょう。

 

PennState の学生ダンサーやピアニストは、時に観衆の涙を誘い、時に鳥肌を立たせました。これは踊りや歌、ピアノのテクニックだけで成せることではありません。学生一人ひとりの人間性が踊りや歌を通して観衆の琴線に触れるのです。

 

今回ホストを務めた東京大学の10代や20代の学生は、パフォーマンスを見終わってダンサーやピアニストとジェスチャーを交えて交流を楽しんでいました。このことで、ボランティアの学生は、世界を身近に感じられたことでしょう。もはや彼らの間には、言語の壁などありませんでした。

 

 

<まとめ>

最後に、この一週間を振り返り感じたことを以下にまとめます。

 

生きる姿勢は人の心を作ります。優れた作品を発表しようとする前に、まずは生き方を見直しましょう。強くて優しい前向きな心があれば、それは必ず相手に伝わります。その媒体が歌であろうと、トークであろうと、プレゼンであろうと。

 

 

野村るり子

第二百三十一言「経営学の根底に思いやりを感じませんか?」(2009年3月2日号)

先日『Call』という舞台を見てきました。オリジナルはアメリカの『Phone Booth』という映画。『オペラ座の怪人(映画)』の監督として知られるジョエル・シューマッカーの作品です。

 

Call』のテンポよい話の展開に興味を持った私は、早速『Phone Booth』のDVDを入手し、内容を比較することにしました。

 

DVDを鑑賞して感じたことは、8割がたの設定や台詞が同じであったことです。残りの2割は、日本に住む私たちに合わせて編集されていました。例えば、Phone Boothの舞台はマンハッタン。一方、Callの舞台は新宿。Phone Booth ではピザの出前が届くところ、Callではおそばが届く。Phone Boothではアフリカ系アメリカ人女性が登場するところ、Callでは中国人女性が登場する。

 

このように、2つの作品を比較しているうちに、Call制作スタッフの思いやりのようなものを感じてきました。オリジナルの映画と全く同じストーリーで脚本を起こせば、製作費のコスト削減につながるところ、あえて日本の観衆が理解できる内容にしてくれたと感じたからです。それでいて、オリジナル作品の見ごたえある部分はそのまま生かされていました。

 

2つの作品を比較していてあることを思い出しました。それはシャンプー。「何ですか?」と訪ねられそうですので、あえて丁寧に説明させて頂きます。

 

私は、15歳から10年間アメリカで生活していました。この頃は、ちょうどコスメティックのブランドにこだわる年齢です。クラスメートや先輩から「シャンプーならぜったい○○!」や「トリートメントは○○以外使わない!」と教えられれば、直ぐにそのブランドを見つけて試したものです。

 

当時学生の中で人気があったのが、SASSOONAgreeLUXといったものです。ちょっとアメリカかぶれをしたかった頃の私は、休暇に日本に戻れば、エッセンシャルやメリットといったCMでなじみのある商品にはあえて手を触れず、態々遠くのショップまで海外ブランドの品を探しにいったものです。しかし、今思えば、どこの海外ブランドも、多くの部分で日本人の髪質や文化に合せてくれていたような気がします。

 

食品でも同様のことが言えました。アメリカで売られているキャンディーバーは、ちょっとばかり包装が乱れていても、スーパーの棚に陳列されます。しかし、日本で陳列されている商品に包装の乱れを見つけることは殆どないでしょう。このことについて、北米の食品や飲料を輸入・販売する大手企業の方に話を伺ったところ、日本の審査基準は日本の文化に合せ、大変高く設定されていることがわかりました。

 

海外でヒットした商品をそのまま輸入し販売することは容易であり、先にも述べたとおりコスト削減にもつながります。しかし、実際に、その商品を日本国内で普及するなら、オリジナルのままでは不十分です。日本の文化や日本人の特徴に合わせて調整をしなければならないということです。

 

さて、その「調整」というものですが、マーケティングの4Pがそのよい例でしょう。商品やサービスを提供する相手、すなわちターゲット顧客を明確にした上で、その人たちにあった、商品・サービス内容(Product)、価格(Price)、流通・販路(Place)、広告宣伝・パブリケーション(Promotion)を選定する戦略のことです。

 

しかし、これまで「売るための戦略」として捉えていたマーケティングの4Pを、このたび、CallPhone Boothを比較したことで、「お客様への思いやり」と言い換えたくなりました。思いやりを持って商品やサービスを提供するとなれば、よい部分はオリジナルのまま、他は、お客様の立場に立って調整するのが当然と感じたからです。

 

経営学を勉強していると、つい合理的で戦略的な方法を追求しているだけのように感じてしまいます。しかし、そもそも経営学とは結果を出した企業のケースをもとに、成功要因を見出し、体系化したり仮説を立てたりするところから始まったものです。おそらく、スタート地点に戻れば、お客様への心遣いを分析した学問だったのでしょう。

 

今後皆様も、多くの輸入作品や輸入商品・サービスと出会うことでしょう。その時は、ちょっと時間を使い、提供する側がどのような心づかいを持って日本の市場にあわせてくれているかを考えてみてはいかがでしょう。きっと、嬉しい発見ができると思います。

 

 

野村るり子