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第二百三十四言「世界一を取る。日本一を取る。両方とも、調査あってなせる業」(2009年3月23日号)

140回直木賞受賞作、天童荒太氏の『悼む人』を読みました。そして、第81回アカデミー賞外国映画賞受賞作、滝田洋二郎監督の『おくりびと』観ました。

 

どちらも深い。とにかく深い。この「深い」は、内容が複雑で考えさせられるという意味ではありません。作品をつくるにあたっての調査の深さに対する、感銘です。

 

『悼む人』に関しては、天童荒太氏の体験談ではないか?と、思わせる描写力。外から見える現実だけでなく、人々の心の細部までも丁寧に描かれています。

 

特に、死と直面し生きる人の、その人を見守る家族の、そして大切な家族と死別した人の心情が赤裸々に描かれています。天童荒太氏ご本人が、近い友人と死別したことは、メディアを通して伺ってはおりましたが、たった一つの死を身近に感じただけでは、これだけの作品を書くことは不可能に近いでしょう。各章に、病死、事故死、他殺、自殺、無理心中、といったあらゆる形で死に至った人たちの話が、それぞれ数ページずつ描かれています。その一つ一つの背景に、生からはじまり死にいたるまでの、軽んずることのできない歴史を感じました。

 

また、死に至った人たちは、幼児であったり、学生であったり、老人であったり、外国人であったり、障害者であったりと、筆者自らが経験することのない立場にありました。

 

読み進めるうちに、「新聞を深く読めば、ここまで想像できるのだろうか?」や、「報道記者や医療関係者から話を聞けば、十分な情報を得られるのだろうか?」と、この書籍が書き上げられるまでの調査期間に、どのような作業が行われたかに強い関心を持ちました。

 

そして、その答えは、本書籍447ページにありました。このページから参考資料が紹介されています。多くの専門書を含む48冊の文献、映像1本、展示会ひとつ。

 

あなたが文芸作品を書く場合、そのテーマに対し、どれだけの文献調査を行うか想像してみて下さい。10冊や、20冊ではないのです。48冊です。何事もそうですが、頂点に立つ方たちは、決して偶然、そこに立たれているのではありません。本作品も着手されてから、7年の年月を経て書かれたものと報道されました。この7年は、書くためだけの7年ではなく、調査のための7年でもあったのでしょう。

 

 

映画『おくりびと』に関しても、同様の感想を持ちました。こちらは、『納棺夫日記』(青木新門著)がモデルになっていると言われていますが、最終的には、多くの部分をオリジナル作品から離れ、全く別の作品として発表されています。従って、ただ原作をなぞったのではなく、「納棺師」の生き方や心の動きについての深い調査が行われたことと思います。ここでもまた、死がテーマになっており、複数の死者と死者を送り出す家族の心情が描かれていますが、当然のことながら、滝田洋二郎監督が、映し出された全てのことを体験してきたわけではありません。おそらく、この作品の背景にも、脚本家やキャスティングスタッフ、メイク、美術、といった方々、それぞれが調査を行ったと思います。

 

今回は、天童荒太氏の『悼む人』と滝田洋二郎監督の『おくりびと』について話をしてきましたが、日本で選ばれる作品、世界で選ばれる作品には、共通点があります。それは、決して、トレンドや運で選ばれたのではないということ。何年先にこれらの作品を見直しても、その価値が変ることはないでしょう。なぜなら、作品自身は氷山の一角であり、その背景には気が遠くなるような綿密な調査があるからです。この調査が正確になされなければ、作品は矛盾の多いものに終わります。

 

皆様の中にも、優れた作品を世に残したいと感じていらっしゃる方はいるでしょう。中には、閃きとともに、あせってペンを握る方や、パソコンのキーボードをたたき出す人もいるでしょう。そんなあなたが、もし、行き詰ったら、自分に問いかけて下さい。

 

「十分な調査は行ったか?」と。

 

文芸も映像も、想像力は必要です。しかしその背景にある調査を怠っては先には進めません。綿密な調査の先に、あなたの想像力は形となって現れるはずです。

 

野村るり子

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