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第二百三十九言「周期的に自分を見つめ直す。キャリア・デザインには唯一の正解はない。」(2009年4月27日号)

 

私は、定期的に自分の生き方を見直す機会を設けています。一つは、4年に一度のオリンピック。ここでは、録画してでも、体操競技大会を全て観戦するようにしています。もう一つは、年に1回の全日本体操競技選手権大会。これに関しては、可能な限りライブで応援するようにしています。

 

私が自分の生き方を見直す機会として、体操競技大会を選んだのにはわけがあります。「人を育てる」ことを、一生の仕事としようと思った原点には、幼少期からこよなく愛した体操競技があったからです。

 

このスポーツを通し、私は多くの教訓を得、多くの得がたい体験をし、多くの素晴らしい人たちと出会ってきました。そして、今でも、同期のコーチたちは、日本の体操界を支えています。会場で、彼らの活躍する姿を見ては「この一年、彼らと同じぐらい努力をしてきましたか?」と自分に問いかけるようにしています。この作業を行うことで、1年間の反省ができ、そのことを、今後の成長に繋げることができるのです。

 

今回も、426日に実施された、全日本大会を観戦してきました。会場で、私が真っ先に目で追うのは選手ではありません。監督、コーチ、マネージャーといった、選手を支える人たちです。人を育てることを天職とし、365日選手育成に時間を費やしている彼らの姿を見ることで、同じように「人を育てること」を天職と考える私は、大きな活力を得ることができます。

 

今回は、あえて最も高い観客席を選び、会場全体を見渡すことにしました。そこで感じたことは「人間とは、生まれながらにキャリアにおける個々人の"ベスト・ポジション"を与えられているのではないか」ということでした。自分の脳裏をよぎった思いのいくつかを紹介しましょう。

 

「あの男性コーチは、毎年、跳馬と平行棒の補助役についている。確かに、あれだけ長身なら、適任だろう。体操選手としては長身すぎて大成しなかったかもしれないが、コーチとしては最高だ。」

 

「あの女性コーチは、毎年、ベンチで演技を追えた選手を待っている。決して派手なポジションではないが、チームマネージャーとしては最適な人柄なのだろう。」

 

「柵の外から、体育館全体を眺めている還暦前の大柄女性は、もう何年監督を務めているだろう。常に、会場全体に目をやり、コーチや選手たちに、的確な指示を出している。」

 

おそらく、彼らは就くべきポジションに就いており、容易にトレードがきくことはないでしょう。肩書きだけを見れば、一方が上で一方が下のように感じることもある。しかし、社会全体を動かす一員として考えれば、個々人のキャリアにランクづけはできません。

 

このように考えられた背景には、「キャリア・デザイン」の概念があります。ちょうど、ここ数週間、キャリア・デザインセミナーを指導する機会が多くあり、私自身もキャリア・デザインについて勉強しなおしていたところでした。

 

キャリア・デザインとは、長期的に自らの職業生活を自らの手で主体的に描くこと。そのために、①自分の能力や性格、ライフスタイルを十分理解する。次に、②ありたい将来像を明確にする。さらに、③労働市場の状況を考慮する。これらの3つのポイントを考慮したうえで、転職や異動などを通じてありたい将来像に近づくこと。

 

私が「キャリア・デザイン」を指導する際、最初に受講生に紹介するのは『あなたのパラシュートは何色』の著者であるRichard Nelson Bolles 氏のことばです。

 

There is no always wrong way to hunt for a job or to change careers.

There is no always right way to hunt for a job or to change careers.

by Richard Nelson Bolles

(訳:職探しやキャリアチェンジにおいて唯一の正解はない。)

 

すなわち、自分が納得して選んだ道であれば、どれも「正解」になりうるのがキャリア・デザインということです。もし、私が、キャリア・デザインの観点から外れて、今回の試合を観戦していたら、どのように感じたことでしょう?

 

「あのコーチは、監督に就任して、全体をマネジメントしたいと考えているのではないか?」、

「あのマネージャーは、実はコーチになるチャンスを待っているのではないか?」、

「あの審判は、実はコーチとして選手育成に加わりたいのではないか?」、

と、ちょっと斜に構えたものの見方で、個々人の生き方を判断したことでしょう。

 

今回の大会で、個々人のキャリアを肯定的に受け止められたのは、キャリア・デザイン学習のおかげです。折角ですから、ここで皆様にも二つのことをお勧めしておきましょう。一つは、年に1回は、自分を見つめ直す機会を設けること。もう一つは、キャリア・デザインには唯一の正解はなく、自分が納得したものであれば、全て「ベスト・キャリア」であると信じることです。

 

 

 

第二百三十八言「性別や年齢を超えた優れた作品づくり。これが私の目標です。」(2009年4月20日号)

 

大変長らくお待たせしました!

 

422日、私の新刊『30秒で人を動かせ!』(あさ出版)が発売されます(アマゾンを始めオンラインブックストアでは既に予約が開始されています)。この作品は、コミュニケーションを苦手とする人から、これまで上手くコミュニケーションを取ってきたと思うが、それが果たして、正しい技術であったのか確認したいという人まで、幅広く読んで頂けるものです。

 

この書籍のターゲットは、男女両方。就職活動中の学生から、経験豊富なビジネスパーソン、家庭を守る主婦に至るまで、誰が読んでもメリットが得られるよう、心がけて書きました。

 

「性別や年齢を超えての作品づくり」は私の永遠のテーマであり、常にこのことを胸に仕事をしてきました。このような考えに至った背景には、何人かの優れた女性の存在があります。ヤングアダルト作家のS. E. Hinton も、その1人。(ヤングアダルトとは、発達心理学における成人期前期のことで、12歳から19歳までの「若い大人」という意味です。アメリカの書店には「ヤングアダルトセクション」が設けられているように、対象年齢に合わせた「書籍のジャンル」として使われだした言葉です。)

 

S. E. Hinton の本名(旧姓)は、Susan Eloise Hinton(スーザン・エリオス・ヒントン)。ペンネームにS. E. とイニシャルを使ったのは「女性が書いたか、男性が書いたか関係なく、その作品のよさを評価してもらいたかったから」だそうです。しかも、処女作となった『The Outsiders は、高校2年、なんと17歳の時に発表したものです。全米売上800万部。ヤングアダルト分野では歴代2位となりました。出版から40年たった今も、アメリカの中高生の英語教材として、多くの若者たちに読まれています。

 

私がS. E. Hintonが女性であることを知ったのは『The Outsiders』を読んだ後のことです。最初は、フランシス・コポラ監督によって映画化された『The Outsiders』に惹かれ、直ぐに書店で原作を手にしたのがはじまり。156ページ、全文暗記してしまうほど読み込みました。彼女の若者の心の変化を描く見事な描写力に惹かれ、ついに、大学の休暇を利用して、当時住んでいたシアトルからオクラホマ州のタルサまで、3日間車を走らせ会いにいったほどです。

 

S. E. Hinton と出会って以来、私も、本を書くなら「男性が書いた女性が書いたかわからない。何歳の人が書いたかも分からない。内容がよいから買った」と言ってもらえる作品にしたいと思うようになりました。これは、今回の作品、『30秒で人を動かせ!』を書く上でも妥協することなく持ち続けた思いです。

 

また、この書籍では、伝説のオリンピックコーチ、ベラ&マルタカロリーから得たいくつもの教えが紹介されています。これらも、実は性別を超えて得たものです。助言者が男性だったとか、女性だったとかに関係なく、助言の一つ一つが優れていたからこそ、私の心に宿ったのです。念のため、ご存知でない方のためにつけ加えておきましょう。ベラとマルタは男性でも女性でもなく、一対の夫婦なのです。

 

女性で仕事をしていると「女性であったために、直面した困難はなんですか?」と訪ねられることがよくあります。この質問は、私に戸惑いを感じさせます。これまで、性別によるハンディーを感じたことが驚くほどないからです。「性別や年齢を超えての作品づくり」を心がけてきたことが、自分や自分の会社を守ってくれていたのかもしれません。

 

「性別や年齢を超えての作品づくり」

 

これは、今後も私のテーマとなることでしょう。

 

 

野村るり子


第二百三十七言「『志』の先に、終わりがない」(2009年4月13日号 )

'Death and Dying'(死と死に行くこと)

多くの人が触れず、また私自身も意識的に避けてきたテーマかもしれません。

 

先日、寄藤文平氏が書かれた『死にカタログ~The Catalog of Death~』(大和書房)を手にし、こんなにも明るく、あっさりと「死」について解説することもできるのだ、と小さな驚きを感じました。この本には、「ハチ公」「ごんぎつね」「フランダースの犬」「マッチ売りの少女」「大きな古時計」のように、「死」について触れた作品がいくつか紹介されています。どの作品も「死と死に行く時」の描写を通し、生きる上での重要な意味を教えている作品です。

 

この本の後半に差し掛かった時、ニュージャージーに住む姉から、「心をうつサイトがある」との連絡が入りました。偶然にもそのサイト(http://www.hokariminoru.org/

には、故 保苅 実(ほかり みのる)氏が32歳という若さで亡くなられる直前まで愛する人たちに向けて送られたメッセージが記されていました。そして、そのサイトは、現在でも実氏のお姉さまである由紀さんが管理されていらっしゃるものです。

 

保苅 実氏は、一橋大学で経済学修士取得された後、 ニューサウスウェールズ大学とオーストラリア国立大学で歴史学の研究を続けPh.Dを取得されました。特に『異文化間の互換関係』の分野においての研究においては、理論に偏ることなく、実際にオーストラリアに住み実践的研究に力を入れたことでも知られています。

 

保苅 実氏が残したのは、研究成果だけではありませんでした。亡くなる直前まで送り続けたメッセージからは、闘病中の厳しい状況において、常に前向きに生きようとする姿が伝わってきました。「どんな厳しい状況も自分を強くする」というメッセージが含まれていました。さらに私の心に深く焼きついたのは、サイトのタイトルにもなっている'Being Connected with HOKARI MINORU' です。

 

私は実氏のメッセージから大切なことを学びました。彼のメッセージは、多くの闘病中の人を代弁しているように感じました。闘病中、治療上の理由から、友人や知人との面会を断らなければならない時がある。体力的な理由から、電話に出ることや、メールへの返信ができないこともある。しかし、これは、周囲との断絶を希望しているからではない。心は常に、大切な人たちと繋がっていたい。このように、私は彼からのメッセージを解釈しました。できれば、私の解釈ではなく、直接サイトを訪問し、彼の生のメッセージを読んで頂きたいと思います。

 

私は、これまで、一方的に愛すること、一方的に思うこと、一方的に祈ることの意義をあまり感じていなかったかもしれません。しかし実氏のメッセージから、仮にその時々では一方的な行為のように見えたとしても、これらの行為が、周囲との接触が許されない人たちの心の支えになっていることを知りました。

 

また、実氏にお姉様の由紀さんがいらしたように、他の闘病中の方の周りにもきっと「メッセンジャー」となってくれる人がいるはずです。直接メッセージを伝えることができない時は「あなたをいつも大切に思っているよ」「いつもあなたの話題で笑っているよ」「いつもあなたの笑顔の写真を見ているよ」「いつもあなたの文章を読んで勇気をもらっているよ」といった思いを、メッセンジャーを通して伝えてみて下さい。

 

最後にもう一つ。実氏は32才という若さで亡くなりましたが、彼の研究には終止符が打たれたとお思いですか?いいえ違います。オーストラリア国立大学社会科学研究所オーストラリア先住民史センターの同僚と友人が『オーストラリア国立大学・保苅 記念奨学基金』を立ち上げました。ここに集まる寄付金は、永遠に、オーストラリア先住民史研究に関連したフィールドワーク調査及び研究に携わる大学院生の支援に使われています。

 

多くの若者に伝えたいことがあります。明確なビジョンを持って生き抜く人には生物学的な終わりはあっても、その人の「志」の先に、終わりがないことを。

野村るり子


第二百三十六言「本業から離れて新しい自分発見。そして、新しい専門分野構築!」(2009年4月6日号)

 

二日連続で書籍発表イベントを見てきました。一日目は、本田直之さんの『本田式サバイバルキャリア術』(幻冬舎)の講演会。二日目は、詩人 谷郁雄氏と写真家 長島有里枝氏の『定員オーバー』(理論社)のトークショー。

 

本田直之氏の話の中で心に残ったひとつは「アウェーに出て新しい世界に触れる」でした。常にホームベースにいるのではなく、時には文化や法律、言語や生活習慣の異なるところに行って、適応能力を高めましょう、ということ。ホームベースを離れることで、新たな発見があり、それが本業でも役立つということでした。もう一つは、「シングル・キャリアからマルチ・キャリアへの移行」です。本業・副業といった考えではなく、複数の能力を同時に伸ばし、それぞれが高いレベルで戦えるよう備えることです。

 

二日目のトークショーでは、偶然にも、本田氏が提唱したこれら2つのことを体現されているプロフェッショナル3名のお話を聞くことになりました。

 

谷先生は、私が通っていた「文章創作セミナー」の先生でいらっしゃいます。そして、トークのお相手は、第26回木村伊兵衛写真賞を受賞された写真家の長島氏。

 

もともと文章を書くことが好きで、学生時代は一眼レフ片手に飛び回っていた私にとって、詩と写真のコラボである『定員オーバー』は夢のような作品です。この本の著者と写真家の生の声を聞けるとは、なんと幸せなことでしょう。しかし、このトークショーではさらに嬉しいサプライズがありました。途中から、ゲストで会場にいらした歌人・エッセイスト・小説家と複数の顔をお持ちの枡野浩一氏がトークに加わりました。

 

この3氏の共通点は、皆アウェーを楽しまれ、そこで見つけた新たなキャリアをプロの領域まで引き上げているということ。枡野浩一さんは、歌人デビューをした後、エッセイ集や小説も複数発表されています。長島氏は写真家であるだけでなく、文章も書かれます。谷先生は、文章を書くだけでなく、書籍全体の企画も立て、詩人の育成もされていらっしゃいます。

 

さて、このトークショーでは、ある共通の「人物」の名前があがりました。アートディレクターの寄藤文平氏です。寄藤氏は『定員オーバー』の表紙を手がけた方。なんとこの方も、アートディレクターのほか、イラストレーター、作家としても活躍されています。最近では、ご本人が苦手としていた数学の本まで書かれたとのこと。

 

ホームベースを離れてアウェーに出て、アウェーで得たことを、プロレベルまで持っていく。なんてカッコいい生き方なのでしょう。

 

人生一回しか経験できないのであれば、好奇心がおもむくままに新しい世界に足を入れ、新しいことに挑戦し、それが楽しいなら長く続け、その分野でもプロを目指す。これってとても素敵な生き方ではないでしょうか。

 

野村るり子