株式会社ホープス
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- 第三百三十三言「大切な講師の使命。それは、保護者と子どもを同時にハッピーにすること。管理者と社員を同時にハッピーにすること」
- 第三百三十二言「自分の経歴書とプロフィールを作る」
- 第三百三十一言「性的虐待について考える。映画『白夜行』を見て、あなたに出来ることは何か?」
- 第三百三十言「ジャパニーズドリームもありです!」
- 第三百二十九言「映画『ソーシャル・ネットワーク』を見て。才能ある若者をどうサポートするか?」
- 第三百二十八言「"美しいあなたの笑顔"を記憶に残す」
- 第三百二十七言「あけましておめでとうございます。絵馬にしっかりと文字を書く!」
- 第三百二十六言「天才少年とスケジュール帳。1日の長さに気づく」
- 第三百二十五言「受験方式は、推薦?AO? それとも、一般を選ぶ? 『子どもの生き方』と『親の生き方』について話し合うことがスタートラインです」
- 第三百二十四言「ビジネスプランコンテストで優勝するには」
第二百五十三言「とても素敵な青年との再会。富田勇樹くん(Yewki Tomita)の応援、よろしくお願い致します。」(2009年8月3日号)
最近とっても嬉しいことがありました。それは、富田勇樹くんとの再会です。この名前では、ピンとくる日本の方は少ないかもしれません。しかし、Yewki Tomitaと名乗れば、アメリカの体操競技ファンは誰でも、彼の顔が浮かびます。
勇樹くんは、高校卒業後単身で渡米し、体操選手としてアメリカで活躍し、その後アメリカのナショナルチームのコーチにまでなった富田洋一さんの息子さんです。
勇樹くんは幼少時に、洋一さんのもとで体操競技のトレーニングを開始し、アメリカのナショナルチーム選手へと成長しました。そして、選手を退いた今、第二の故郷である日本でセカンドキャリアを積もうとされています。
私が最初に、勇樹くんに出会ったのは、彼が小学生の頃。記憶の中では、いたずらばかりしている小さな体操少年でした。次に、お会いしたのは2000年、ボストンで開催されたU.S. Olympic Team Trials の時でした。年齢にして、二十歳前後。
同じ日本人の血を引くものとしての贔屓目(ひいきめ)抜きにして、Yewki Tomitaの貢献なしに、アメリカのナショナルチームは世界のトップに位置することはなかったと思います。さらに言うなら、100%アジアの血が流れる者が、アメリカのトップアスリートとして生きていくことは、決して容易なことではありません。特に、採点競技の世界では、他の選手を抑えるだけの圧倒的な力がないかぎり、運だけで高得点をマークすることはできません。
私は、長年に渡る富田父子の世界での参戦ぶりを拝見し、心の底から彼らにエール送ってきました。それは、アメリカで生きることの喜びを知る一方で、厳しさを十分知っているからでしょう。おなじ日本人として、彼ら親子の行き方はグローバリゼーションなどという言葉が日本で流行るずっと前から、私に夢や希望を与えて下さいました。
今後は、勇樹くんの第二の人生において、日本で思いっきり応援したいと思います。このように思えるのは、勇樹くんが恩師洋一コーチの息子さんであるからではありません。勇樹くん本人の人間性が魅力的だからです。筋の通った考え方、第二言語である日本語を同年代の日本人以上に正しく丁寧に話そうとする姿勢。日本とアメリカの両方の文化を尊重する姿勢。そして、なによりも誠実であるということ。これら全てを客観的に見た上で、このような若者に日本とアメリカの橋渡しになってもらいたいと感じました。
今後、テレビや雑誌といったメディアを通して富田勇樹くんの名前を目にした時は、応援よろしくお願い致します。
野村るり子
