株式会社ホープス
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南青山ユニハイツ701号室
第二百六十五言「過ぎたるは及ばざるがごとし」(2009年10月26日号)
これは、物ごとには程度というものがあって、その程度を過ぎると、不足するのと同じようによくないという意味ですが、この言葉が頭をよぎったのは、最近、見る映画、見る映画、「内容が盛りだくさんすぎる!」と感じたからです。
限られた時間内に、大切なメッセージを込めなければならないのは事実でしょうが、伝えたいポイントが多すぎると、見終わった後「いったい、この映画なんだったの?」と聞きたくなります。また、感動すべきシーンにしても、次から、次へと、かぶせるように、見せられたのでは、心に残るどころか、前のシーンは後のシーンでかき消され、鑑賞者は消化不良になってしまいます。
これは、映画に限らず、書籍制作でも同じことが言えます。私も、執筆の仕事を頂戴し始めた頃は、自分の書いた内容を削るのに大きな抵抗を感じたものです。例えば、240ページ書いた原稿が、編集者の判断で220ページに削られた時は、「目的あって書いた20ページだから、切らないで!」と叫びたくなったものです。
その私が、今では、信頼できる編集者には「必要に応じて切ってくださって」と言えるようになりました。それは、削ることで、本全体の印象がよくなることが分かってきたからです。削ることで、大切なメッセージがピンポイントで浮びあがります。削ることで、全体の質を高めることができるのです。
これは、映画製作や執筆に限らず、どんな場面でも応用可能な考え方ではないでしょうか。身近な例を挙げるなら、愛する人へのメールですが、相手に伝えたいという気持ちが強すぎて、長々と書いたりしていませんか?
長~いメールを一生懸命書いて送っても返事がない!
このように、感じている人は、自分のメールがポイントをついたものであるか、これから紹介する方法で確かめて下さい。
その方法とは、自分に訊ねることです。
「今、伝えたいことをひとことでまとめると何?」と。
『家族愛があれば、どんな困難も乗り越えられる』
『99%のものはお金で変えるが、残り1%はお金では買えない』
といった、短文にまとめられるか、です。このように、軸となるテーマがはっきりしていれば、その軸を崩さずに、文章を足していけばよいのです。全体の印象が薄まると感じたら、そこで止めて下さい。
長いメッセージを伝えるより、テーマを一つに定め、限られた時間やページに収めることの方が、相手の心を動かすには効果的な方法ですよ。
野村るり子
第二百六十四言「『装丁家』というお仕事。本に着せる洋服のデザイナー」(2009年10月19日号)
1. 『鉄道員』(浅田次郎 著)
2. 『へヴン』(川上未映子 著)
3. 『トーマの心臓』(森博嗣 著/萩尾望都 原作)
4. 『明日の記憶』(荻原浩 著)
5. 『陰日向に咲く』(劇団ひとり 著)
6. 『白夜行』(東野圭吾 著)
以上の書籍の共通点はなんでしょう?
いずれも傑作!いずれもベストセラー!いずれも、野村が書店で衝動買いしたものです。
そして、これら全てが、偶然にも鈴木成一(すずきせいいち)氏が表紙のデザインを手がけたもの。
鈴木氏の仕事の正式名称は「装幀家(そうていか)」、または、「装丁家(そうていか)」。書籍のカバー、表紙、扉、帯、などのデザインをする専門家です。
買いたい書籍のタイトルが分かっている場合は、アマゾンなどのオンラインブックストアを利用する人も多いでしょうが、ぶらっと書店に立ち寄った時などは、インスピレーションで書籍を手にすることはないでしょうか?
私が先に挙げた6冊の本を購入した理由も、たまたま立ち寄った書籍のワゴンに平積みになっており、表紙を見た瞬間、
「自分と会いたがっていた」、
「私に読まれるのを待っていた」、
「出会ってしまった」、といった感情が沸いてきたからです。書籍のタイトルとその表紙に惹かれれば、最初の数ページをパラパラ読みます。そして、面白いと感じれば、購買欲がピークに達し、レジに進みます。
是非、皆さんも、リストに挙げた6冊のカバーをご覧下さい。きっと「知っている!見たことある!」とおっしゃる方がいるでしょう。
次に、装幀家(または装丁家)と、他の芸術家との違いはなんでしょう。それは、書籍の持つオリジナリティーを引き出した上で、その内容を読者予備軍に強くアピールし、その本に手をのばさせるという点ではないでしょうか?
私もビジネス書や実用書を書く機会がありますが、自分のように無名の場合、書籍を手にとってもらいたいという思いは切実です。どんなに一生懸命書いたとしても、多くの人が実際に手に取って数ページでも読んでもらわなければ、購入してもらえる可能性は限りなくゼロに近いでしょう。
このような思いを込めて、書籍に洋服を着せてくれるのですから、著者は装幀家(または装丁家)に感謝せずにはいられません。
皆さんの中には、読書も好き。そして、デザインに勉強もしてきたという方がいませんか?そのような方は、一度、「装幀・装丁」という仕事について調べてみてはいかがでしょう。あなた向けのお仕事かもしれませんよ。
野村るり子
第二百六十三言「やるなら、徹底したファーストレディー」(2009年10月12日号)
ひところ、有能なハウスワイフを社会復帰させよう!と意気込んだ時があります。
子育てを終えた母親たち専門の派遣会社を提案しようと、新規事業プランを発表したこともありました。しかし、新規ビジネス補助金候補のファイナルまで残りましたが、最後に却下されました。実現可能性が低いと思われたようです。
そこで、補助金などに頼らず、実際に社会復帰を希望する、やる気のある女性、高学歴の女性、結婚前お仕事についていらした女性を対象に、報酬つきのインターンシップを実施し、独り立ちできるまでに育ったら本採用という制度を設けました。
しかしこのプロジェクトを開始して直ぐに、最終選考会で却下された理由が見えてきました。やる気あります!と意気込んできた女性たちでも、トレーニング最中に辛くなって辞めてしまう人が大変多いのです。確率で言うなら、トレーニングの期間も含め2年間以上仕事を続けられた女性は全体の25%。すなわち、4人に3人は、トレーニング最中に、辞めてしまうのです。
多くの社会復帰希望女性は、意気込みはあるものの、男性と肩を並べて働くことの厳しさを現実のものとして捉えていないのが現状でした。ですから、仕事場で、ちょっとでも、苦しいことや辛いことがあると、それらを乗り越えるのではなく、さっさと逃げてしまいます。
辛いこと苦しいこととは言っても、クライアントさんに頭を下げることや、雨や雪でもお客様のためにお店に立つことや、ちょっとばかり体調が悪くとも笑顔でお客様対応をするといったことです。世の男性がずっと、当たり前のようにやってきているのです。だから、妻や子どもを養えるだけの報酬を手にできているのです。
もう一つ困ったことは、多くの場合、'お好きでない'お仕事が与えられると、「私、お金のために働いていませんからから給与いりません。辞めさせて下さい」という決め台詞を持っていたことです。それはそのはず、夫の収入でこれまで生活してこられたのですから、いざとなれば、前の生活に戻ればよいのですから。
そこで、私は考えました。このような女性たちは、男性と肩を並べ働くより、夫の収入に頼り、徹底したファーストレディーとして生きていくことです。
このアイディアが頭をよぎったのは、鳩山幸ファーストレディーの貢献ぶりを目にするようになってからです。
飛行機のタラップを降りるとき、自分から率先して鳩山由紀夫総理の手を握る。訪問した先では、その国のことばで他国のファーストレディーに混ざって外交する。子どもたちと一緒に歌を歌う。そして、女性として美しさを保ち、メイクやファッションにも手を抜かない。
ァーストレディーとしての潔さには頭が下がります。
間違っても「私は神戸育ちの女子学院出身でございます」や、「宝塚歌劇団卒業でございましてよ」などと、自分自慢をすることはありません。あくまでも、「鳩山由紀夫総理の妻」として、言動を選んでいます。
このような光景を見て「楚々とした日本の女性らしくない」といった声も聞かないわけではありませんが、少なくとも私は、彼女のような生き方も素晴らしい!と思います。
社会復帰を考える有能で高学歴なハウスワイフさんたちに伝えたいのは、自分が働いて得たお金で誰に気兼ねすることなく好きなことをするのもいいですが、夫の収入に頼って楽しく生きるのも選択肢の一つであるということです。
その代わり、後者を選んだ場合は、徹底して夫を支える行動を取らなければなりません。やるなら、徹底して、鳩山幸ファーストレディーぐらい大胆にやってもらいたいです。そしたら、世はあなたの実力を認めるはずです。
ここまでは、ハウスワイフさんたちへのメッセージでしたが、最後にハズバンドの皆さんへのメッセージです。
実は、私のもとに「社会復帰をしたい」と言ってくる女性の多くは、社会において認知されたいと感じているのです。「ありがとう」や「君のおかげ」といった一言を聞きたいのです。
私は、鳩山由紀夫総理が幸ファーストレディーについてインタビューされると、「僕より、彼女の方が有名になっているのではないかなぁ」と、ちょと照れたように話すのが好きです。幸婦人の外交を心から認めているように感じるからです。
欧米人のように、'Yes, she is beautiful'や'Oh, I love her!'などと言ったオーバーな表現でなくとも「妻あっての私」と婦人の貢献を認めていることが分かります。
ですから皆さまも、ちょっと照れるかもしれませんが、ときには妻の働きに対し感謝の気持ちを表現してみてはどうでしょうか?
あと、仕事を持った妻に「君の仕事はママゴトだ!」や「しょせん家のローンはオレが払っているだろう!」といった威圧的発言はご法度です。確かに、それほど働いてもいないのに、疲れた疲れたと言って家事の手抜きをされたのでは、威圧的にもなりたくなるでしょうが、そこは我慢です。あなたにとっての素敵なファーストレディーでいてもらいたいなら、「ありがとう」「感謝しているよ」「君のおかげ」この方が、北風くんならぬ、太陽くんパワーで、効果的だと思いますよ。
野村るり子
第二百六十二言「キャスティング・ディレクターという職業をご存知ですか?映画製作の鍵を握る職業です。」(2009年10月05日号)
パトリック・ウェイン・スウェイジ(Patrick Wayne Swayze)の訃報を受けて、各種メディアは、「ゴースト/ニューヨークの幻 Ghost (1990)」で主演を務めた俳優と報じました。
その日私は「スウェイジは、ゴーストの遥か7年前に、フランシス・フォード・コッポラによって発掘していた!」と叫んで周りました。
私がスウェイジの演技を始めて見たのは、1983年に発表された映画『アウトサイダー The Outsiders』で、でした。コッポラが、当時無名だった役者を何人も起用し、その後、彼らのほぼ全員が映画で主演をはるようになりました。以下が『アウトサイダー』のキャストの一例です。
パトリック・ウェイン・スウェイジ
C・トーマス・ハウエル、
ラルフ・マッチオ、
マット・ディロン、
ロブ・ロウ、
ダイアン・レイン、
エミリオ・エステヴェス、
トム・クルーズ。
しかし、今になって、私は大きな勘違いに気づきました。彼らをキャスティングしたのは、コッポラではなく、フレッド・ロス(Fred Ross)というキャスティング・ディレクターであったということです。
フレッドは、UCLAで映画を学び、アメリカのエンターテイメント企業MCAの郵便ルームを初の仕事に、その後チャンスを掴み、上り詰めてきた人です。
「自分にはテイストを見極める目がある。キャスティングに強い自信がある」と自負する通り、ロスには優れた洞察力と何時間もかけて最高の配役をする忍耐強さがありました。Petulia(1968)のキャスティングに始まり、次々とイメージにあった配役をしていきました。
コッポラがロスに声をかけたのは『アメリカン・グラフィティ』(American Graffiti 1973年)のキャスティングにあたってです。
『アウトサイダー』に関しては、無名俳優や女優を集め、何種類もの役を演じさせました。通常のカメラテストではなく、何人かが組になっていくつかのシーンを繰り返し演じました。
「○○君、そのまま残って。△役に、×君入って!」といったように、何回も組み直し、これだ!と思えるキャスティングが決定するまで、シナリオ片手の俳優は演技をし続けました。
イメージにぴったりとあった俳優は「よし、終わり。結果待ってて!」と、あっさり帰らされました。その一人がマット・ディロンでした。後に、ディロンは「早い時間に帰らされたから、絶対落ちたと思ったぜ」と語っています。
また、主演を務めたC・トーマス・ハウエルも、かなり早い時点で、ロスの頭の中ではキャスティングされていたようです。
「トーマス残って。他入れ替わり!」と、ハウエルを中心にシーンの練習を繰り返したため、同じオーディションに参加した俳優たちは、ひそかに「あの役は取られたなぁ」と感じていたそうです。
私は、この世の中には、天才的な洞察力を持つ人間が存在すると思います。この洞察力を持った人間は、スポーツ選手のスカウトや、タレントのスカウト、そして、ロスのようなキャスティング・ディレクターで生計を立てられるでしょう。
ロスを例にあげるなら、彼は世の中のトレンドに流されることなく、独自の評価基準を持っており、人選にブレがありません。彼らは「著名だから」といった理由では、人を選びません。その証拠に、当時著名のシンガーだったリーフ・ギャレットは最初のシーンに登場しただけ。また、当時、もっとも売れっ子だったスコット・ベイオはキャスティングから外されました。
このように眼力を持ったロスは、自分が才能を発掘した5年後、10年後、はたまた20年後に、その役者が脚光を浴びたとしても「あれは、その昔、僕が選んだんだよ」といった、野暮なことは言わないでしょう。なぜなら、常に前向きに原石を探し続けているからです。
私も、この原石探しを天職とできたら、どんなに幸福なことでしょう。
野村るり子
