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第二百六十二言「キャスティング・ディレクターという職業をご存知ですか?映画製作の鍵を握る職業です。」(2009年10月05日号)

パトリック・ウェイン・スウェイジ(Patrick Wayne Swayze)の訃報を受けて、各種メディアは、「ゴースト/ニューヨークの幻 Ghost (1990)」で主演を務めた俳優と報じました。

 

その日私は「スウェイジは、ゴーストの遥か7年前に、フランシス・フォード・コッポラによって発掘していた!」と叫んで周りました。

 

私がスウェイジの演技を始めて見たのは、1983年に発表された映画『アウトサイダー The Outsiders』で、でした。コッポラが、当時無名だった役者を何人も起用し、その後、彼らのほぼ全員が映画で主演をはるようになりました。以下が『アウトサイダー』のキャストの一例です。

 

パトリック・ウェイン・スウェイジ

C・トーマス・ハウエル、

ラルフ・マッチオ、

マット・ディロン、

ロブ・ロウ、

ダイアン・レイン、

エミリオ・エステヴェス、

トム・クルーズ。

 

しかし、今になって、私は大きな勘違いに気づきました。彼らをキャスティングしたのは、コッポラではなく、フレッド・ロス(Fred Ross)というキャスティング・ディレクターであったということです。

 

フレッドは、UCLAで映画を学び、アメリカのエンターテイメント企業MCAの郵便ルームを初の仕事に、その後チャンスを掴み、上り詰めてきた人です。

 

「自分にはテイストを見極める目がある。キャスティングに強い自信がある」と自負する通り、ロスには優れた洞察力と何時間もかけて最高の配役をする忍耐強さがありました。Petulia(1968)のキャスティングに始まり、次々とイメージにあった配役をしていきました。

 

コッポラがロスに声をかけたのは『アメリカン・グラフィティ』(American Graffiti 1973年)のキャスティングにあたってです。

 

『アウトサイダー』に関しては、無名俳優や女優を集め、何種類もの役を演じさせました。通常のカメラテストではなく、何人かが組になっていくつかのシーンを繰り返し演じました。

 

「○○君、そのまま残って。△役に、×君入って!」といったように、何回も組み直し、これだ!と思えるキャスティングが決定するまで、シナリオ片手の俳優は演技をし続けました。

 

イメージにぴったりとあった俳優は「よし、終わり。結果待ってて!」と、あっさり帰らされました。その一人がマット・ディロンでした。後に、ディロンは「早い時間に帰らされたから、絶対落ちたと思ったぜ」と語っています。

 

また、主演を務めたC・トーマス・ハウエルも、かなり早い時点で、ロスの頭の中ではキャスティングされていたようです。

 

「トーマス残って。他入れ替わり!」と、ハウエルを中心にシーンの練習を繰り返したため、同じオーディションに参加した俳優たちは、ひそかに「あの役は取られたなぁ」と感じていたそうです。

 

私は、この世の中には、天才的な洞察力を持つ人間が存在すると思います。この洞察力を持った人間は、スポーツ選手のスカウトや、タレントのスカウト、そして、ロスのようなキャスティング・ディレクターで生計を立てられるでしょう。

 

ロスを例にあげるなら、彼は世の中のトレンドに流されることなく、独自の評価基準を持っており、人選にブレがありません。彼らは「著名だから」といった理由では、人を選びません。その証拠に、当時著名のシンガーだったリーフ・ギャレットは最初のシーンに登場しただけ。また、当時、もっとも売れっ子だったスコット・ベイオはキャスティングから外されました。

 

このように眼力を持ったロスは、自分が才能を発掘した5年後、10年後、はたまた20年後に、その役者が脚光を浴びたとしても「あれは、その昔、僕が選んだんだよ」といった、野暮なことは言わないでしょう。なぜなら、常に前向きに原石を探し続けているからです。

 

私も、この原石探しを天職とできたら、どんなに幸福なことでしょう。

 

 

野村るり子

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