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第二百七十六言「小言の習慣を絶つ」(2010年1月11日号)

 

年末年始、家族が一つ屋根の下で何時間も一緒にいると、いつもは気にならないことも目についてしまうものです。そのため、小言の数も増えてしまったのではないでしょうか?

 

私のところにも、たくさんの相談電話がありました。

 

「カッとした勢いで、息子が傷つくような言葉を言ってしまった」、

「親子喧嘩の最中に、娘を怒鳴ってしまった」、といったもの。

 

実は、年末年始に関わることなく、多くの親たちが、一度口にしてしまった言葉に深く反省をしているのです。

 

ここで、リヴィングストン・ラーネットの『父は忘れる』の内容を紹介したあとで、小言の習慣を絶つ方法について具体的に触れましょう。

 

『父は忘れる』

 

父親は、この日の朝も息子に向かい、ささいなことで小言を言いました。

「顔の洗い方が足りない」、

「持ち物の扱いが雑だ」、

「食事の最中、食べているものをこぼす」、

「食べ物を、十分咀嚼せず、飲み込んだ」、

「テーブルにひじをついている」、といったように。

 

こんな朝でも息子は「お父さん、いってらっしゃい!」と元気な笑顔で声をかけました。

しかし、父親は「もっと胸を張れ」と、小言で返しました。

 

父親が仕事を終えて帰宅すると、息子は洋服がぼろぼろになるまで、無心になって遊んでいました。その息子に対し「洋服を粗末にするな」とまた、小言を言いました。

 

こんな日の夜でも、息子は父親に近づき、抱きつきました。そして、息子の指から、いっぱいの愛情が感じられました。

 

息子が寝静まってから、父親は我にかえりました。

「なんと悪い習慣が自分についていたのか」

 

それは、些細なことで小言を言い続ける習慣です。

父親は子どもの寝顔を見つめながら、深く反省しました。

 

(抜粋・要約 野村るり子)

 

『父は忘れる』の中に出てくる「父親」は子どもを嫌ったり恨んだりして、小言を言っているのではありません。息子にこうあってもらいたいという期待が小言となり、いつしか、全ての行動を否定する「小言の習慣」となっていたのでしょう。

 

他人の子供には言わない小言を、なぜ、親たちは自分の子どもたちに言うのでしょう。おそらく、そこには、愛情があるからです。愛情が、徐々に、過度な子どもへの期待となり、言葉となって現れるようになったのではないでしょうか。

 

そこで、私は考えました。子どもの成長を願うあなたの愛情はそのままとっておき、小言(=実は注意)を言う上でのルールを設定することです。

 

ルール1:1日にいくつまで注意をするかを決めておく。

子どもの行動を変えるとするなら、せいぜい効果的な数は、1日多くて、3つから4つでしょう。一つの行動が変わったら、新たな注意を加えて下さい。

 

ルール2:言葉だけで伝えるのではなく、見える化する。

同じ注意を何回も耳で聞いていると、子どものセルフイメージは、低くなり、自分の行動に自信がなくなっていきます。そこで、1日に何回も伝えたくなるような注意事項は、紙に書いて貼る。いわゆる、見える化です。これらの注意事項も習慣化されたら、張り紙をはずして結構です。

 

 

2010年、子どもが自信を持ったまま、よい習慣が身につく1年にしたいですね。

 

「○○ができていない僕(私)」を、「○○をする僕(わたし)」へと変えていきましょう。

 

3年で天才は育つ!』(経済界)や、『30秒で人を動かせ!』(あさ出版)の中にも、注意の仕方については、色々紹介してあります。是非、これらの書籍も参考にして下さい。

 

野村るり子

 

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