株式会社ホープス
〒107-0062
東京都港区南青山6-12-3
南青山ユニハイツ701号室
- 第二百八十三言「無条件の愛、そしてプラス・アルファーの教育」(2010年3月01日号)
- 第二百八十二言「スーパーコーチはどこにでもいる」2010年2月22日号)
- 第二百八十一言「Forgive and to be forgiven ~許すということ~」(2010年2月15日号)
- 第二百八十言「No one knowingly does wrong~気づきながら悪いことをする人間は一人もいない~」(2010年2月8日号)
- 第二百七十九言「試験日直前にやっていいこと」(2010年2月1日号)
- 第二百七十八言「アメリカの経営をただ真似するのでは不十分だった」(2010年1月25日号)
- 第二百七十七言「センター試験、お疲れ様でした。過去を受け入れ、未来を変える!」(2010年1月18日号)
- 第二百七十六言「小言の習慣を絶つ」(2010年1月11日号)
- 第二百七十五言「新年初の野村の一言。昨年までの自分があるからこそ立てられる今年の目標」(2010年1月4日号)
- 第二百七十四言「『先生』と呼ばれる仕事についても、注意はしてもらいたいですね」(2009年12月28日号)
第二百八十二言「スーパーコーチはどこにでもいる」2010年2月22日号)
コーチを目指す方に是非読んでもらいたい記事の紹介です。
本日発売のAERA(朝日新聞出版)に掲載されている『銅・大輔と2人の女性』
バンクーバーオリンピック銀メダリストの高橋大輔選手に大きな影響を与えてきた2人の女性について書かれたものです。
一人は長光歌子(ながみつうたこ)コーチ。全日本フィギュアスケートジュニア選手権で優勝の経験もあり、西大学アイススケート部コーチを務める名コーチ。
もう一人は英子さん。高橋選手の母親が勤務する理容店オーナーの長女。大輔選手にとっては家族のような存在です。ただし、フィギュアスケートの専門家ではありません。
長光コーチの実績については、多くのメディアがカバーしています。しかし、英子さんの存在についてはご存知でないかたも多いです。そこで、今回は、フィギュアスケートの専門家ではない英子さんが、どのように高橋選手をオリンピックメダリストへと育て上げたかについて整理してみました。
<子どもの意思を尊重した上での'きっかけ'作り>
スケートリンクに連れて行き幼い大輔君にアイスホッケーを紹介。アイスホッケーにではなくフィギュアスケートに興味を示した大輔君を、フィギュアスケート教室に入会させる。
<トレーニングコストの削減>
高橋家への経済的負担を軽減するため、最低限のレッスンはプロの指導者に委ね、復習練習は英子さんが指導。衣装は全て手作り。
<人格形成>
スケートの技術力向上だけでは人としては不十分であるとし、挨拶や礼儀を徹底指導。
<メンタルトレーニング>
高橋選手が「周囲からの重圧でスケートを続けている」と取られる態度を取った際、英子さんは、「なら、自分が周囲に頼んでやめさせてやるわ」と発言。このような方法で、自分の意思で自分の責任のもと選手活動を続けることを教示。
08年に前十字靭帯断絶した際、「・・・ここからが仕切り直しだね」とメール。未来への希望と、危機を機会へとつなげる力を与える。
さて、ここで皆さんにお気付き頂きたいのは、教育学や体育学の教育を受けていなくとも、世界トップのアスリートを育てることは可能という事実です。
では、なぜフィギュアスケートの専門家ではない英子さんが、高橋選手をオリンピックメダリストとして育成できたのでしょうか?それは、彼を、アスリートとしてではなく、人として育てようと考えたからではないでしょうか?
技術はプロに任すことができます。ただし、プロの指導者に依頼をするにはコストがかかります。しかし、生きる上での方向性は、家庭内で示すことができます。しかも、こちらには、金銭的なコストはかかりません。
是非「野村の一言」読者の皆さんも、技術が分からないからとあきらめるのではなく、天才育成を試みて頂きたいと思います。技術指導に関する課題は、プロの指導者とチームを組めば乗り越えられるものです。
*非専門家による天才育成については、『3年あれば天才は育つ!』の第7章 『「世界」を見据えた英才教育』でも詳しく述べています。是非、こちらも別途ご参照下さい。
野村るり子
