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第二百八十四言「与えられた者たちの苦悩」(2010年3月08日号)

 

『野村の一言』読者の皆さま、いつもありがとうございます。

 

皆さまの中には3年あれば天才は育つ!』読者の方もいらっしゃることでしょう。

 

短いメッセージは3年あれば天才は育つ!』にほぼ毎日、長文メッセージは『野村の一言』に毎週月曜日アップしております。是非、両方楽しんで下さい。

 

さて、本日の『野村の一言』は3年あれば天才は育つ!』 (37日ブログ)に書いた『それって罪ですか?・・・美しき天才の苦悩』の続編です。

 

 

まず、私が才能ある子どもたちの育成をする上で、憤りを感じている言葉を紹介します。それは、周囲からの軽率な声がけです。

 

「それって・・・幸せに決まっていますよね」

 

n         「お金がないよりあった方が幸せに決まっていますよね」

n         「頭が悪いより良い方が幸せに決まっていますよね」

n         「美しくないより美しい方が幸せに決まっていますよね」

・・

 

この軽率な発言が、どれほど子どもたちを傷つけているか考えてみて下さい。

 

周囲から羨ましがられるような'もの'を持って生まれた子どもたちの多くが、それらの'もの'によって、日々苦悩に耐えています。彼らは、自分の意思とは関係なく、受動的に得たものに対し、一方的に感謝することを強いられています。

 

もし、人の幸福感が、このような単純な秤で測定できるなら、

富裕層家庭に生まれた子どもたちを選抜し、その中から、

IQの高い子どもたちを選抜し、さらに、その中から

ビューティーコンテストの基準に沿って、点数の高い子どもを選抜し、・・・と、繰り返していけば、この世の中で最も幸福な子どもを特定できるはずです。

 

しかし、子どもが感じる幸福感はこんなに単純に測れるものではありません。

 

子どもの幸福感とは、「子どもが直面している現状÷子どもの期待」と私は定義します。

 

この方程式に基づいて考えてみて下さい。

 

子どもが与えられた現状が、どれだけ周囲に高く評価されようとも、それが、その子どもの望むものでなければ、子どもは幸福感を得ません。

 

そのような中、その子どもは周囲からの、「あなたは恵まれている。あなたは幸せである」という評価とのギャップに苛まれるのです。

 

今回私が、3年あれば天才は育つ!』37日ブログで紹介した映画『人間失格』には、まさに、多くを与えられた者の苦悩が描かれていました。冨や美貌、そして才能に恵まれた主人公は、満たされない日々を送り、絶望の淵、自殺行為を繰り返します。

 

しかし、周囲は、彼の苦悩を理解するのではなく、

「なにが不満なのか?」、

「なぜ、もっと努力しないのか?」、

「周囲の人間を利用しているのではないか?」と、責め続けます。

 

私は、この作品を鑑賞し、

生まれ持った'もの'故に、努力をせずとも周囲に人や金銭が集まる。そして、この状況下で受動的に生き、その生き様を非難される主人公の心の叫びが聞こえる思いでした。

 

「これは自分が望んだものではない!」

 

 

ここで、太宰治の作品から一端離れ、周囲を見渡して下さい。耳を澄まして下さい。子どもの心の声が聞こえてきませんか?

 

「裕福な家庭に生んでくれと頼んだのではない!」

「美しく生んでくれと頼んだのではない!」

「優等生になりたくてなっているのではない!」・・・

 

もし、このような子どもたちが近くにいたなら、幸福感を押し付けるのではなく、彼らを苦悩から救ってあげて下さい。彼らに、能動的に生きる機会を与えて下さい。

 

自らで、生きる目標を持つ喜びを、

自らで、選択肢を持つ喜びを、そして、'与えられたもの'故でなく、

その子どもが生きているだけで幸福に感じる人がいることを教えてあげてください。

 

野村るり子
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