株式会社ホープス
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- 第二百八十六言「『映画見る暇あったら勉強しなさい!』ですか?両立は可能ですよ」(2010年3月22日号)
- 第二百八十五言「異なる時代。ことなる場所。しかし、同じものを手にした二人」(2010年3月15日号)
- 第二百八十四言「与えられた者たちの苦悩」(2010年3月08日号)
- 第二百八十三言「無条件の愛、そしてプラス・アルファーの教育」(2010年3月01日号)
- 第二百八十二言「スーパーコーチはどこにでもいる」2010年2月22日号)
- 第二百八十一言「Forgive and to be forgiven ~許すということ~」(2010年2月15日号)
- 第二百八十言「No one knowingly does wrong~気づきながら悪いことをする人間は一人もいない~」(2010年2月8日号)
- 第二百七十九言「試験日直前にやっていいこと」(2010年2月1日号)
- 第二百七十八言「アメリカの経営をただ真似するのでは不十分だった」(2010年1月25日号)
- 第二百七十七言「センター試験、お疲れ様でした。過去を受け入れ、未来を変える!」(2010年1月18日号)
第二百八十五言「異なる時代。ことなる場所。しかし、同じものを手にした二人」(2010年3月15日号)
このたび私は、とても不思議な体験をしました。
昨日私は、ブログ『3年あれば天才は育つ!』で、路上ミュージシャン中村建佐(なかむら けんすけ)さんのCDを購入した話しを書きました。
すると、はるか遠くアメリカ東海岸に住む女性Hさんからメールが届きました。
彼女も、私と同じように中村建佐さんのCDを手にしていたのです。しかし、それはなんと、6年前のこと。そして、CDと出会った場所も異なります。
当時のHさんは、生きる方向に悩み、光を求めていました。その彼女に力を与えたのが中村建佐さんのサックスの音色でした。
彼が奏でる音楽は心が温まるものであり、道で聴いていて涙が出たそうです。
彼の温かさは、音色を通して、彼女の心に伝わったそうです。
そして、それがエネルギーとなったそうです。
地道に『ストリート』を'彼のステージ'として守りながら活動を続ける姿を見て、喜びを感じたそうです。
Hさんは、私が大変尊敬する女性です。岐路に立たされた時は、必ずといっていいほど、アメリカに電話をしては、Hさんに相談に乗ってもらいます。それほど、彼女を私は信頼しています。
このような野村にとってのメンターとも言えるHさんに生きる上での指針を与えたのが中村建佐さんの奏でる音色と、彼の生き方だったのです。
そして6年の月日が流れた今、その同じ音楽が、今度は、私のもとに届きました。
中村健佐さんの演奏には、人の心を自由にさせる力と、あるがままの姿で前に進ませてくれる優しさを感じます。
「無理をしなくていい」
「そのままの自分であればいい」
このようなメッセージが、聞こえてくるようです。
彼が、このような音楽を演奏できる理由は、彼の生き方にあるのかもしれません。
中村健佐さんは、大学卒業後、大手の技術系の会社に勤め、安定した生活を送られていらっしゃいました。その彼がサックスを勉強しはじめたのは27歳の時。音楽の勉強を開始するには、決して早い時期ではありません。しかも、彼は「楽譜から学ぶ」のではなく、耳で聴いて奏でる方法で、サックスをマスターされました。路上ライブで、手売りしてきたCDは5万枚を突破し、今ではホールコンサートを開くまでに至っています。
中村健佐さんの演奏が、私たちの心に響いたのは、型にはまった学習で得た音色ではなく、心で感じ、心で奏でた結果だったからでしょう。
異なった地域で、異なった時代を生きる二人が、同じものに感銘を受ける。そして、時代や地域を超えて、同じものを手にする。
これは、決して奇跡ではありません。同じ感性を持つもの同士が、同じようなものに惹かれるのは当たり前のことなのかもしれません。
「野村の一言」読者にもいらっしゃるのではないでしょうか?中村建佐さんの音楽と出会い、力を得た方が。
野村るり子
