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第二百八十七言「ピーク以降の指導と引退までの指導」(2010年3月29日号)

「スポーツ人口の底上げをしているのは、マスメディアだ!」と言っても過言ではありません。多くの子どもたちが、TVに映し出されたスポーツ選手に憧れ、そのスポーツへの第一歩を踏み出します。

 

しかし一方で、マスメディアが与える精神的プレッシャーが原因で、多くの優秀な選手たちが、早期に引退を決意しているのも事実ではないでしょうか。

 

この週末、私と同じような気持ちでスポーツ観戦をしていた人は、世界のあらゆるところにいたはずです。

 

世界室内陸上競技選手権大会。精神的なプレッシャーを受けながら、予選で何回も跳躍ミスを繰り返すイシンバエワを見た瞬間。

 

世界フィギュアスケート選手権大会の初日。ショートプログラムでミスを連続し、7位に位置したキム・ヨナ選手を見た瞬間。

 

スポーツに限らず何事においても、究極を目指してトレーニングを積んで来た人なら、学習曲線が永遠に右上がりを続けるものではないことを知っているはずです。ピークに達した曲線は、プラトー(停滞期)と呼ばれる横ばい時期に達します。このプラトーを脱し、さらに右上がりへと技術力を高めていくには、相当な精神力が求められます。

 

多くの場合は、ピークに達した曲線は、それを境に、一挙に下降します。特に、オリンピックのように、4年に一度しかない大会に照準を合わせてきた選手にとって、ピークを維持し続けることは、至難の業と言えます。中には、バーンアウトし(燃え尽き)、スポーツの引退を決意する選手もいます。

 

私が世界トップの指導者として尊敬するベラ・カロリーが、オリンピックや世界選手権で優勝した選手を前に、大きな声で説教をしているのを私は見たことがあります。

 

「引退するなら今だ!今引退すれば、オリンピックチャンピオンとして引退できる。それによって、仕事のオファー来るだろう。しかし、次の試合で、ボロボロになって負けるなら、それが観衆の記憶に残る。退くなら今だ!なぜ、今、退かないのか。」

 

しかし、多くの場合、ベラの選手がオリンピックや世界選手権で優勝した直後に、実際に引退することは稀でした。どの選手も、ベラからの'引退の勧め'とも聞こえる説教の後、自分の意思で選手生活を継続していました。

 

継続の理由は、大変単純でした。単に、本人がそのスポーツを愛し続けたからです。継続して練習をしたい、試合に出たいと強く望んだからです。

 

ではなぜ、そんな選手を前に、ベラは、引退を勧めるような説教をするのでしょう?

 

それは、ベラが、選手の本当の気持ちを確かめたいからではないでしょうか。周囲からの期待に応えるためではなく、周囲にやらされているからではなく、自分の意思で継続している。この思いを確かめるためです。

 

こうして、ベラは、ピークに達した選手の気持ちを、何回も何回も確かめながら、選手が、周囲からのプレッシャーが理由ではなく、自分の意思で引退を選ぶ日まで見届けるのです。

 

スポーツ選手は、優れた指導者とは、いたる場面で出会うものです。

 

はじめて、そのスポーツに誘ってくれた指導者。

そのスポーツの楽しさを教えてくれた指導者。

基礎的な技術を教えてくれた指導者。

高度な技術を教えてくれた指導者。

究極な場面において、心身ともにコントロールする力を与えてくれた導者。・・・

 

そして、最後は、

 

ピーク以降から引退までを、支えてくれた指導者。

 

私は、ピークまでを支える指導者と同じように、ピーク以降、引退までを見守る指導者の価値は尊いと思います。引退を見届ける指導者こそが、選手の「人としての存在意義」を認めることができるからです。

 

「勝利を手にしている時の君と同じように、今のあなたは優れている。そのことを私は認める」

 

このようなメッセージが、引退する選手を見つめる指導者の瞳に感じることができます。

 

野村るり子

 

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